知的障害児の性教育について
(ある養護学校での講演から)
香川県坂出保健所 福永一郎
1.性を大切なもの、肯定的なものとしてとらえる
2.一般的に必要とされる性教育の部分から、障害児に特有な問題へという道筋で考える
3.理解可能な最大限の知識技術を習得させる
一般に健常児の性教育では以下のようなことが重要とされる。
○ 土台づくり・・・命の大切さ、情報選択と性行動の自己決定
○ 生物学的な性について・・・性に関する生物学的な知識(性器のしくみ、第二次性徴、性交、赤ちゃん誕生など)
○ 社会的性について・・・男女の平等、性役割を押しつけない、社会的問題、タブーとしての性
○ 感染症予防・・・身近なこと(手を洗う、血液の取り扱い)から始めて、感染症の成り立ち、性感染症の予防まで
この内容は知的障害児でも変わることはないのだが、障害があるゆえに難しい部分があることは否めない。しかし、第二次性徴の訪れはいわゆる健常者の範囲を大きく逸脱することはないので、いずれにせよ性、生殖については暦年齢として扱わなければならないことが多い。
○ 知的障害児に特有な問題点
・ 暦年齢に比べると理解が十分ではない(どこまで何を教えるかが難しい)
・ 人とのかかわり方が上手ではない
・ 行動がストレートに出ることが多い
・ 個人により違いが大きい(集団指導に適さない)
大部分のことは学校では限界がある。よって、性教育の導入時点で、家庭との役割分担を促すような誘導を意図することが重要である。
○ よく言われる問題について列挙します。
◆ 性器や第二次性徴の理解について・・・性器や第二次性徴の理解については、イラスト、模型などを使用するとよい。幼児向けの教材が市販されているほか、自分で作ると言う方法もある。
なお、この過程で、「自分の性器をみる」ということは重要である。その場としては、家庭で同性の親がすることが適当であるが、家庭の事情によってケースバイケースになるかもしれない。
◆ 月経の問題・・・月経については上記「性器や第二次性徴の理解について」の関連で月経血の処理を教えるとよいが、知的な障害が重度では難しいので、どうしてもスキルを教えることになる。
◆ 生殖と性交について・・・暦年齢が思春期段階になったら教えるべきであろうし、教えざるを得ない。教材は、幼児向けのものがある。つまり、知的な発達段階が幼児段階でも理解可能と言うことである。家庭でどう扱われるか、理解を得られるかと言った点がポイントとなる。性交については。普通学校での教育と同様、生や愛をはぐくむという観点(体をふれあう・一緒にいると幸せと言う性と、生殖の性の両方)が重要である。知的障害児では性への関心がストレートに出る場合が多いため、性交を教えるのは、土台がある程度出来ていないと難しい部分があるので、土台の教育を重視する。
◆ マスターベーションの問題・・・マスターベーションそのものは特段問題のない行為であるが、行為の場所が問題となる。家庭との協力が不可欠である。第二次性徴に関する教育が重要となる。話の仕方は、知的な発達段階に応じなければならないが、単に禁止することでは解決にならない。生理現象であり、おこるのが当たり前だけど、したければ家庭で一人でしてもらうように誘導する。
いわゆる「性器いじり」は、幼児期の性器いじりとおなじような捉え方をするとよい。すなわちみたされるものがあればしなくなると言われる。
◆ アダルト雑誌、アダルトビデオ・・・健常児と同じように入手できる環境がある。一般の問題点は、これらの商品としての性をそのまま鵜呑みにしてしまうことにある。従って、これらの問題に対しては、判断力と相手への思いやりということで対処するように教育しているのが普通である。知的障害でもそれは同様であるが、判断力という点は発達年齢との関連もあるので、むしろ思いやりと言う観点から話をする方がよいかもしれない。
◆ 性的な「いたずら」について・・・男子生徒が女子生徒や教師の胸を触るなどの性的ないたずらについては、単純な関心による場合と、好意による場合がある。「相手にとって不快なことである」と言うことを教えるのはなかなか難しいと言われるが、相手の気持ちを理解することが重要ということを教える一環で対処する。
◆ 避妊と性感染症・・・普通学校で問題となっているのは、性交を教えられるかどうかとの絡みであるので、性交を教えられていれば、導入は比較的容易であると思われる。コンドームの使用については、模型を使うとよい。
◆ 性加害の問題・・・現実には、知的障害者であるからと言って一般の頻度以上に加害が問題になることはないとされる。どちらかというと軽度障害の場合に問題となるとされる。しかし現実に事件は起こるが、障害がらみで報道されやすいということが考えられる。一般に、他人とのかかわりが苦手な人は加害者にはなりにくい。
◆ 性被害の問題・・・被害の問題は起こりうる。大まかに言って2つポイントがある。だまされるということについては、自分をもてること、自己主張できることがポイントとなる。自己判断のレベルは多様であるが、小学校中学年程度の発達年齢であれば可能とされる。暴力については、対応は一般と変わりがない。なお、被害を受けるのは女性とは限らない。
◆ 売春の問題・・自発的売春(コマーシャルセックスワーク:CS)は知的に高度な技術を要求されると言われている。問題は本人の意思に寄らない、あるいはだまされての管理売春にあり、被害の問題と結びつく。「援助交際」は社会では売春としてとらえられるが、当人はそうとらえていないことが多いし、相手はいわゆる「お互いの納得で遊んでいる(中には本気の場合もあろう)」の場合と「一方的にだましている」場合がある。
◆ 恋愛・結婚の問題・・・恋愛・結婚は可能であり、肯定的な性教育が望まれる。生活の場と収入の保障について考えておく必要がある。
◆ 挙児希望・・・恋愛・結婚の過程で当然起こりうる問題として対処する。母性、父性教育が必要となる(この場合、子を産まない性であるセクシャルマイノリティを否定しないように注意)。子育てには自体験がかなり影響する。
◆ 望まない妊娠の問題・・・一般の性教育とあまり変わりはないが、障害ゆえのケアがかなり要求されると思われる。人工妊娠中絶よりは家族計画の方が原則であることはいうまでもないが、ピルの使用よりはコンドームの使用が原則(ただしピルを本人が希望する場合は別だが、性感染症予防の問題もあるので妊娠を望まない場合はコンドームの使用が望ましい)。
◆ セクシャルマイノリティの問題・・・知的障害児でも同性愛、性同一性障害は起こりうるので、セクシャルマイノリティに対して肯定的な性教育が望まれる。特に、性は「生殖の性」だけではないということを十分注意する。
◆ 性教育にあたっての準備・・・教える側(教師、父、母など)のセクシャリティがかなり問われる。この問題をまず克服することが重要である。つぎに、科学的に誤っていない知識を身につけることである。この過程で価値観を混ぜてはいけない。性に対する価値観は、本来科学的事実とは別のところに存在するもので、これらの集合体としてその人の性の考え方が作られるのが望ましい。
○ Q&A(難しい問題ばかりなので、必ずしも十分なお答えではありません。ご容赦ください)
●思春期を迎え異性に興味をもち始め,触ったり後をつけたりする行動が見られる生徒に対する指導について(IQ50以下の知的障害の生徒)
A:単純に異性に対する関心と思われます。上記レジメを参考にしてください。
●夜電話や交換日記など男女のことで対応に困っている。
A:一般に、健常児では普通に見られる現象なので、家庭の理解を得ることでしょう。電話や交換日記が異性との関係をはぐくむと言う考え方もあります。これはかなりプライベートな問題で、学校は相談は受けガイダンスすることはよいですが、介入・調整は役割の外にあるものと思います。長電話はいろんなところに迷惑がかかると言うことは教えなければなりませんが。
●夜,暗くなってから姉妹で外出をする。現在中学3年生。年頃なので何とかやめさせたい。しかし,本人は暗くなって外出することに何の危機感もない。具体的な事象しか理解できないこの子たちに,どうやって身を守る意識を身につけさせたらいいのだろうか
A:暗くなってから出かけることの危険について、わかりやすく話をすることですが、禁止的に言ってはうまくいきません(これは健常児でも同じです)。理解の程度に応じなければなりませんが、具体的にどのような危険があるかを例をあげて話をすることになるでしょう。あと、家庭環境にも影響されるように思います。家庭が協力的なら保健所の思春期相談(丸亀保健所のこころの相談室)などの利用も考慮できますし、そうでない場合でも、関係機関の利用を考える方法もあります。
●中学生になって身体も大きく力も強くなっている子がよく関わっている先生(異性)に絡んでいっている。一時的に制してもその場限りになる。言葉での理解も難しい。
A:その中学生は先生に女性としての関心があるのでしょう。それが恋愛感情か単純な関心かはわかりませんが、後者であれば異性について教えることである程度変わってくると思います。前者であれば、あまり冷たくしてもいけませんが、距離ももつと言うことになります。いずれにしても、「あなたを嫌っているのではない」ということをわからせながら、しかし迷惑なこともあるのだと言うことをわからせなければなりません。「ことばでの理解が難しい」と言う点があるので、絵を描いて(と言ってもどの程度絵が理解できるかですが。幼児に見せる絵本的なイメージ)説明するなどの補助的な手段をとることになるでしょう。
●中学生の男子で最近よく女子の先生の肩や背中に手を置いたり,さすったりという行動が見られます。本人に「もう女の人に気軽に触らないように」と注意するのですが,同じ学年に触ったり頭をなでたりすることでコミュニケーションをとっているような生徒がいるため,「その子は先生とのスキンシップがあるのにぼくはなぜ駄目なの」というように感じているようです。触ったりするのをやめればいいのかとも思いますが,その子にとってはいいコミュニケーションになっているため,やめたくはないのですが…。
A:どうして女の人に気軽にさわっては行けないのかと言うことを教えなければならないわけですが、前項を参照してください。
スキンシップという意味では、さわってもいいところとさわってはいけないところと言うところを区別しておくことも必要かと思います。
●知的障害の重い生徒で,性器いじりを無意識にしているものがいます。気がついたらズボンから手を出すように注意していますが,どういうふうに対処したらよいでしょうか。
A:上記の「性器いじり」を参照してください。何かみたされないものがあるのだろうと思われます。
※将来困りそうなこと
●今は「禁止」で対処していることなどを,将来的にはそれでは成り立たない。教えるならどこまで教えるのがベストか(ケースバイケースであることはわかるが…)。
A:禁止では結局対処できなくなりますので、レジメ内容を参照して、「ここまで教えてよいか」と言うことを家庭とよく相談してみることです。そのとき、障害があっても性の自由があると言うことをディスカッションするとよいと思います。
・性教育の授業をする上で悩んでいること(知りたいこと)
●どこまで教えればいいのか
A:レジメ内容を参考にしてください。
●性教育を授業で取り上げることが必要なのだろうか。個人の能力差もあり,必要に応じて個別に行っているのが現状です。
A:授業で取りあげることはある程度共通に理解可能な部分となると思います。授業はビジュアルなものを使ったり、ディスカッションができる部分が中心となり、その生徒固有の問題は個別対処も必要でしょう。
・その他
●マスターベーションのマナーをどのように指導しているかお聞きしたい。
A:レジメのマスターベーションの項を参照ください。
●基本的生活習慣が自立していない児童生徒に対する性教育の指導方法についてお聞きしたい。
A:難しい問題です。第二次性徴は現れますから、どちらかというとスキルはしっかり教えるという方向にならざるを得ないのですが、理解できる方法ということになりますと、やはりビジュアルなもの、体験的なものと言うことになるでしょう。
●重度の知的障害の生徒(0歳児レベルの中学生)に対して母親が幼児に対するような,恋人(?)に対するような接し方をする。人前でほおずり,キスをする。口頭で指導して何度も注意してやめさせたが,しつこい母親もいる。その指導をどうしたらいいか。
A:親と子のスキンシップが必ずしも悪いこととは言えませんが、逆に親の自立(子どもに依存している)という問題があるように思います。性の問題以外に卒業後のこともあります。協力を得る方法しかないと思うのですが、現在は「情報提供−自己決定」の世の中ですので強制することもできません。場合によっては、誰かつれて来て話をしてもらう(できれば先輩親がいい)という方法もあります。母子関係については家庭内調整が必要かもしれません。
Copyright (C) 1998