日本公衆衛生学会発表抄録(1994.10 鳥取市)

保健所機能に関する実践的検討
−母子保健活動事例にみる展望と問題点−   

○ 福永 一郎 (香川県観音寺保健所:当時)


Copyright (C) 福永一郎 1994





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《はじめに》

 近年,地域保健行政における都道府県保健所のあり方が論議されている。

平成5年度,香川県観音寺保健所管内において,母子保健施策の一環として小児耳鼻

咽喉科保健活動を行ったが,その活動展開過程において,保健所の果たした役割と,

地方自治行政ならびに地域保健行政の推進における重要点,阻害要因とその解決方法

などについて,公衆衛生行政学的検討を行い,地域保健行政に従事する諸兄姉の参考

に供したいと思う。



《活動展開過程》

 一連の活動過程を図に示す。主なポイントは,聴覚言語障害に関する従事者教育,

啓発,発見,連絡調整および小児炎症性耳疾患(小児滲出性中耳炎など)を中心とし

た従事者教育,啓発,発見(健診)への取り組みであり,市町支援,基盤整備面と全

県的拡大にポイントがある。



《公衆衛生行政学的検討》

 活動の展開過程でポイントとなった事項について若干の考察を加える。活動の契機,

理論面等については,前年の本学会で発表しているので割愛する。

 【従来の母子保健事業の利用】 新規事業としてではなく,母子保健事業上の工夫

として実施することにより,事業自体の必要性が認知されやすかった。

 【ボトムアップと話し合い】 活動にはいる前に,保健所現場担当者間で十分な検

討(勉強)と話し合いをおこない,保健従事者個々の現場での問題点としての意識形

成を図り,ボトムアップに心掛けた。

 【正規の意思形成ルートの活用】 市町事業の支援の実施については,事業の継続

性現場担当レベルのみの個人的な関係,また「スタッフ」だけの合意事項として行う

のではなく,組織として行えるよう正規の意思形成ルート(「ライン」)を十分活用

した。これによって活動を行政施策の形で行うことができた。

 【市町事業としての展開】 保健所が直接行う事業以外に,市町が主として行って

いる事業の中で取り組んでもらうために,業務上の市町支援という形をとり行った。

その結果,本活動はおおむね市町事業に組み入れられているが,取り組みの度合い,

優先度等には市町によって差がある現状である。

 【地区組織活動との連携】 母子愛育会などの地区組織の協力を得て,啓発活動が

行えるとともに,潜在的なニーズが発見できた。

 【関係機関への啓発】 保健所保健福祉サービス調整会議等の機会を利用して,母

子保健関係者の理解を促した。十分ではないが問題提起は行えたように思う。

 【学術団体の協力】 本活動の展開過程で,年度途中(秋以降)より日本耳鼻咽喉

科学会香川県地方部会(香川県下の耳鼻咽喉科の全開業医と勤務医のほとんどが入会)

の協力を得ることができ,活動(三歳児健診関係)の全県的な拡大に大きな役割をは

たした。

 【予算の獲得】 年度途中の活動であったため,活動に要する予算は十分にはな

かったが,事業実績その他により,若干の経費は別途獲得することができた。また,

活動成果の公表に必要な予算ついても別途獲得できた。ただし,予算の継続性につい

ては,本活動が従来活動の見直しという視点に立っているため,難しい面もあり,今

後の課題である。

 【活動の継続性】 本活動は,内容的には耳鼻咽喉科的健診などの事業も考えられ

るが,継続性に難があるため,特定の技術者に依存するような直接支援ではなく,あ

る程度の従事者教育によって活動の継続が図れる間接支援と基盤整備に徹した。

 【活動の分析・公表・事例共有化】 まず,活動実施の必要性を科学的に説明した

論文を学術雑誌へ投稿・掲載され,活動展開のバックボーンとした。ついで,活動の

途中経過について,昨年度の日本公衆衛生学会,四国公衆衛生学会への発表・抄録別

刷(旅費・需要費予算措置あり)頒布,日本耳鼻咽喉科学会での発表等,また,JOHNS

(耳鼻咽喉科専門誌)等への依頼執筆などを通じ,保健・医療各方面への活動の公表

を行い,本事例の理論化・共有化をはかることができた。また,三歳児健診の見直し

部分は,香川県三歳児健診方式へステップアップしたことにより,結果的に活動の普

遍化を図ることができた。



 《おわりに》

 住民のニーズや,普段現場で感じている思いを反映させ,現実の保健対策(活動)

として企画実践するには,まずは夢を描くことが大切であるが,それを実践にうつす

にあたっては,十分な分析及びプランニングに加え,法的な問題,財政的な問題,行

政内部での意思形成過程,各行政機関間及び外部団体,住民活動とのリンクなど,い

わゆる企画調整機能を主とした,越えるべきハードルは多く存在する。

 保健対策を,現実に継続性のある活動として実践展開するためには,単なるトップ

ダウンの事業だけでは庁内合意がとりにくい場合も多く,一保健婦・一担当者レベル

の行動からのボトムアップにより地方自治行政としての意思形成をはかる必要があり,

保健所はその都道府県広域行政機能の一環として,地域のリーダー役を果たせること

が重要である。今回の事例は決して十分な結果とはいえないものではあるが,先に述

べたようなちょっとした工夫をすることによって,住民が必要とする保健対策を,保

健所ならびに管内市町が一体となって,いきいきとした公衆衛生活動として展開でき

る可能性があることを示唆し,そして活動の普遍化も図れるものと考える。

 なお,本活動自体は初期の目的は達したが,今後の課題としては,聴覚言語障害児

に対する窓口機能,コーディネーション(奥行き)機能としての保健所活動の展開が,

地域,そして全県的な課題であると思われ,今後努力したい。

(本実践にご助言・ご協力いただいた関係各位に感謝の意を表します)