厚生科学研究費補助金(健康科学総合研究事業)
分担研究報告書
福祉サービスに対する連携の意識に関する研究
分担研究者 笠井新一郎
高知リハビリテーション学院 言語療法学科 教授
研究班構成
分担研究者
笠井新一郎 高知リハビリテーション学院 言語療法学科 教授
研究協力者
福永一郎 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 助教授
前 香川県坂出保健所 副主幹(〜平成10年12月)
實成文彦 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 教授
鈴木 啓 香川県身体障害者総合リハビリテーションセンター 言語療法士
山田弘幸 高知リハビリテーション学院 言語療法学科 助教授
石川裕治 高知リハビリテーション学院 言語療法学科 講師
長嶋比奈美 高知リハビリテーション学院 言語療法学科 講師
中村智子 讃陽堂松原病院 言語療法士
三宅康弘 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 大学院生
研究要旨:保健と医療と福祉の連携は以前より唱えられている重要なテーマであるが、現実には十分に連携が果たせている地域は多くはないと思われる。今回、福祉領域に対しての連携の実際と、関連することがらについて調査研究を行い、以下の知見を得た。
1.市町村保健担当者の医療、福祉との連携の現状認識について、四国内の全自治体の保健担当部署を対象に調査した(回収率64.0%)。調査の結果、保健部署での医療、福祉などへの連携状況は、高齢者対策・健康づくり対策領域では、一部の関係機関と連携をとっているが、医療や、境界領域である難病・精神保健、学校の生活習慣病予防、健康づくり施設、産業保健との連携は十分な状況ではなかった。母子保健では連携は必ずしも十分ではなく、現在発展途上にあることがわかった。同一市町村役場内での連携は、高齢者対策・健康づくり領域ではやや良好な傾向であるものの、他の領域では十分ではなかった。住民への情報提供については、ある程度は機能しているが、総合的には提供できていない状況であった。
2.連携に資する社会資源としての言語聴覚士配置の現状については、四国では施設、専門職の絶対数の不足があり、県庁所在地周辺に施設、専門職ともに集中する傾向にあった。言語聴覚障害者に対する言語聴覚療法サービスは医療施設での対応がほとんどで、保健・福祉施設での対応は皆無に等しい状況であった。言語聴覚障害児に対する言語聴覚療法サービスは教育施設がかなりの割合を占めており、言語聴覚障害児の早期発見・早期療育を担わなければならない保健・医療・福祉施設が少なかった。今後、言語聴覚障害児・者に関係する保健・医療・福祉・教育関係者が社会資源を正確に把握し、適切な助言・指導できる環境を整えることが急務と考えられる。
3.上記のように、連携が不十分な現状認識があるが、これについては保健、医療、福祉に関する需要を客観的に把握し、住民サイドの主体的参加も可能な形で住民の意見を反映させた計画的な活動を企画・実施しておくことが重要であり、それに基づいた連携構築が求められる。連携体制が充実すれば、情報入手に利用する関係機関が増加し、情報環境も整備されるものと思われる。加えて、言語聴覚士や療法士系職種に代表されるような、保健、医療、福祉、教育の多くの領域に関与する職種が、縦断的に連携の一翼を担うことは効果的であると思われる。
A.はじめに
保健と医療と福祉の連携は以前より唱えられている重要なテーマであるが、現実には十分に連携が果たせている地域は多くはないと思われる。ことに、自治体の保健部署が、他の領域から連携の対象としてどのように認識され、実際に連携されているかは、地域での有機的な連携を構築するためには一つの課題である。また、地域の社会資源としての保健、医療、福祉領域に従事する専門職が連携に対して果たしうる役割を検討することも意義のあることである。本分担研究では、福祉に対する連携の現状認識として自治体保健部署を対象に調査を行い、あわせて、領域横断的な職種である聴覚言語士について連携構築に果たしうる役割を検討したので報告する。
B.研究方法
1.市町村保健担当者の医療、福祉との連携の現状認識
四国4県の全市町村自治体(徳島50、香川43、愛媛70、高知53)のうち、政令市保健所を設置している2市(松山市、高知市)をのぞく214自治体の保健部局を対象に、郵送法によるアンケート調査にて行った。回答者は保健婦責任者にお願いした。質問項目は以下である。連携については大きく老人保健・健康づくり領域、母子保健領域に分けた。
a.連携の現状について
1)老人保健・健康づくり領域
(1)福祉行政分野が行っている高齢者福祉対策との連携
(2)保健所が行っている老人保健対策との連携
(3)保健所が行っている難病や精神保健(痴呆など)対策との連携
(4)国民健康保険担当課との連携
(5)医療機関との連携
(6)福祉施設(特別養護老人ホーム、在宅介護支援センターなど)との連携
(7)学校保健での小児期からの生活習慣病予防対策との連携
(8)地域の健康づくり施設や健康運動指導士会などとの連携
(9)地域の産業保健(労働衛生行政・事業所産業看護職など)との連携
(10)社会福祉協議会との連携
2)母子保健領域
(1)児童福祉行政担当部署が行っている各種児童福祉施策との連携
(2)障害児者福祉行政担当部署が行っている各種児童福祉施策との連携
(3)教育委員会の行っている事業(教育相談、障害児教育の事業)との連携
(4)保健所が行っている母子保健施策や療育指導事業、家庭訪問との連携
(5)学校保健関係者(養護教諭、保健主事など)との連携
(6)医療機関との連携
(7)児童福祉施設(保育所など)との連携
(8)障害児者教育・福祉施設(学校、入所、通所施設、作業所など)との連携
(9)社会福祉協議会との連携
3)その他「よく連携がとれている」と思われる領域と関係機関(自由記載)
b.同じ市町村役場内での連携
c.保健福祉情報収集・提供体制について
1)提供できている情報
2)情報収集システム
調査時期は平成11年1月で、2月5日到着分までのものを集計した。137自治体(徳島29、香川35、愛媛48、高知25)より回答があり、回収率は64.0%であった。
2.言語聴覚士の保健、医療、福祉、教育の連携に寄与しうる役割(鈴木ほか)
保健・医療・福祉・教育関係者が言語聴覚障害児・者に提供できる情報の共有化推進の一助とすべく、四国4県の言語聴覚障害児・者に関する施設・専門職について調査を実施し、保健・医療・福祉・教育の連携の可能性について検討した。
調査は、言語聴覚障害者に関係する機関については日本言語療法士協会会員名簿6)を参照し、施設数・対象範囲・人数などの資料を作成した。不足な点や不備な点については、各県の言語聴覚士に、1997年10月現在で、直接確認を取り、施設、専門職についての集計を行った。また、言語聴覚障害児に対する機関については日本言語療法士協会会員名簿6)、4県教育関係職員名簿7〜10)、4県聾学校学校要覧11〜15)を参照し、施設数・対象範囲・人数などに関する資料を作成したが、不足な点や不備な点については、各県の言語聴覚士、ことばの教室の教諭、全国言語障害児を持つ親の会の各県代表者に1997年10月現在で、直接確認を取り、施設、専門職についての集計を行った。
C.研究結果
1.市町村保健担当者の医療、福祉との連携の現状認識
1)連携の現状−老人保健・健康づくり領域
福祉行政分野が行っている高齢者福祉対策との連携では「必要と感じ連携をとっている」と認識している市町村が多く(73%)、社会福祉協議会(71%)、福祉施設(特別養護老人ホーム、在宅介護支援センター)(66%)が高い。ついで、国民健康保険担当課(61%)、医療機関(56%)、保健所が行っている難病や精神保健(痴呆など)対策(47%)の順である。保健所が行っている老人保健対策(21%)、学校保健の小児期からの生活習慣病予防対策(25%)、健康づくり施設や健康運動指導士会(10%)、産業保健(7%)は低い。
2)連携の現状−母子保健領域
児童福祉施設(保育所など)との連携では「必要と感じ連携をとっている」と認識している市町村が多く(68%)、ついで保健所の母子保健施策(64%)が多い。障害児者福祉行政担当部署(56%)、児童福祉行政担当部署(53%)、社会福祉協議会(50%)、学校保健(49%)、医療機関(45%)ではおのおの約半数にわかれ、教育委員会の事業(31%)、障害児者教育・福祉施設(23%)では低かった。
3)同じ市町村役場内での連携
老人保健(高齢者対策)・健康づくり領域では、保健と福祉の課を統合(以前より同一課であるものも含まれる)の59%の他は、定期的に部署間の連絡会、担当レベルでの連絡、業務上の必要がある場合に連絡の3者に分かれた。母子保健(児童福祉)領域では、課を統合しているところの他は、担当レベルでの連絡が多い。難病・慢性疾患、障害児者保健福祉領域では、課を統合しているところの他は、業務上の必要がある場合に連絡とした場合が多く、全体として、必ずしも同じ市町村役場内での課間の連絡は十分に取れていない状況である。
4)保健福祉情報収集・提供体制について
老人保健(高齢者対策)・健康づくり対策領域では、福祉の情報はもちろん保健・医療・教育領域の情報も把握し総合的に提供できているとした回答と、担当で把握している保健の情報は提供できているとした回答で約半数ずつとなっている。母子保健(児童福祉)領域では、担当で把握している保健の情報は提供できているとした回答が増加し、難病・慢性疾患、障害児者保健福祉領域では、総合的に提供できていると回答したのは16%にとどまり、業務上の限定された情報だけを提供しているのも16%ある。
情報収集システムは、系統的なシステムがあるところはほとんどなく、問い合わせがあった時点で情報を集めるところが大多数である。5割程度はその結果を記録集積しており、事後に役立てているものとみられる。特別に収集をしていないとした回答も4件ある。
情報入手先については同じ市町村役場内、保健所、口コミ、社会福祉協議会などがよく利用されている。医療機関・医師会や件の福祉事務所、地域の福祉や健康づくりの関係施設は、情報入手についてはあまり利用されていない。国保の保健婦会(市町村保健婦が研究会などの活動をしている)は県によるばらつきがあり、活発な活動を行っている香川県などは利用度が高い。インターネット・パソコン通信は現時点では発展途上であるが、「よく利用する」1件、「時に利用する」も15%ある。
2.言語聴覚士が保健、医療、福祉、教育の連携に寄与しうる役割(鈴木ら)
障害領域における保健、医療、福祉、教育の問題として聴覚言語障害児者に関する四国4県の社会資源について調査した結果、4県ともに、施設、専門職の絶対数の不足がうかがわれた。また、人口の多い県庁所在地周辺に施設、専門職ともに集中する傾向にあり、極端に地域差があった。言語聴覚障害者に対する言語聴覚療法サービスは医療施設での対応がほとんどで、保健・福祉施設での対応は皆無に等しい状況であった。言語聴覚障害児に対する言語聴覚療法サービスは教育施設がかなりの割合を占めており、言語聴覚障害児の早期発見・早期療育を担わなければならない保健・医療・福祉施設が少なかった。
D.考察
保健行政からみた福祉や医療との連携については、高齢者対策・健康づくり対策領域では、一部の関係機関と連携をとっているが、医療や、境界領域である難病・精神保健、学校の生活習慣病予防、健康づくり施設、産業保健との連携は十分な状況ではなかった。母子保健では連携は必ずしも十分ではなく、現在発展途上にあることがわかった。同一市町村役場内での連携は、高齢者対策・健康づくり領域ではやや良好な傾向であるものの、他の領域では十分ではなかった。連携が不十分な現状認識に関しては、保健、医療、福祉に関する需要を客観的に把握しておくことが重要で、それに基づいた連携構築が求められる。 住民への情報提供については、ある程度は機能しているが、総合的には提供できていない状況であった。これらの情報機能は、連携の成果として現れるものであり、高齢者・健康づくり領域ではある程度総合的に提供されていると考えられるものの、母子保健や難病・障害児者といった領域では提供される情報が限定されてくる傾向がうかがわれる。
情報収集システムについては、保健婦活動の中でかなりの情報が収集されてくるのがふつうであるが、それを系統的に整理し、行政が活用し、住民に均質に提供できる情報データとして整理しておくことが望まれる結果といえる。情報入手先は連絡(連携を含む)が密な相手先であれば利用が増加するのが自明であり、連携体制が充実すれば情報入手に利用する関係機関が増加するものと思われる。
鈴木らの研究は、同一人物に長期間関わることのできる言語聴覚士が、保健と医療と福祉と教育をつないでゆけるという、職能として連携に対して果たしうる機能があるが、そのための社会資源(聴覚言語専門職の分布)は不十分であり、かつ都市部に偏在する傾向にあることを示した。聴覚言語専門職は、現在は(ことに医療領域では)、いわゆるコ・メディカルスタッフであるとされ、単なる言語治療臨床面だけで患者とかかわると理解されがちな職種であるが、実際には同一人物に長期間関わるため、対個人の連絡調整も行いうる立場にある。さらに対個人活動だけではなく、保健、医療、福祉、教育の連携を念頭に置きながら、地域活動を行うことによって、地域での連携体制における接着剤の役割を果たしうる可能性がある。今後、連携を推進していく上では、保健、医療、福祉そして一部は教育と他領域に従事する、いわゆる療法士系職種の特徴を生かすことも一つのポイントとなると思われる。
E.結論
1.保健行政からみた福祉や医療との連携については、高齢者対策・健康づくり対策領域では、一部の関係機関と連携をとっているが、医療や、難病・精神保健、学校の生活習慣病予防、健康づくり施設、産業保健との連携は不十分であった。母子保健では連携は十分ではなかった。同一市町村役場内での連携は、高齢者対策・健康づくり領域ではやや良好な傾向であるものの、他の領域では十分ではなかった。
2.保健福祉情報収集・提供体制については、老人保健(高齢者対策)・健康づくり対策領域では、総合的に提供できているとした回答は約半数である。母子保健(児童福祉)領域では、担当で把握している保健の情報は提供できているとした回答が増加し、難病・慢性疾患、障害児者保健福祉領域では、総合的に提供できていると回答したのは16%にとどまっている。情報収集システムは、系統的なシステムがあるところはほとんどなく、問い合わせがあった時点で情報を集めるところが大多数で、その結果を記録集積しているのはさらにその半数程度である。情報入手先は同じ市町村役場内、保健所、口コミ、社会福祉協議会などがよく利用され、医療機関・医師会や県の福祉事務所、地域の福祉や健康づくりの関係施設は、情報入手についてはあまり利用されていない。
3.連携に資する社会資源としての言語聴覚士配置の現状については、四国では施設、専門職の絶対数の不足があり、県庁所在地周辺に施設、専門職ともに集中する傾向にあった。言語聴覚障害者に対する言語聴覚療法サービスは医療施設での対応がほとんどで、保健・福祉施設での対応は皆無に等しい状況であった。言語聴覚障害児に対する言語聴覚療法サービスは教育施設がかなりの割合を占めており、言語聴覚障害児の早期発見・早期療育を担わなければならない保健・医療・福祉施設が少なかった。今後、言語聴覚障害児・者に関係する保健・医療・福祉・教育関係者が社会資源を正確に把握し、適切な助言・指導できる環境を整えることが急務と考えられる。
4.上記のように、連携が不十分な現状認識があるが、これについては保健、医療、福祉に関する需要を客観的に把握しておくことが重要で、それに基づいた連携構築が求められる。連携体制が充実すれば、情報入手に利用する関係機関が増加し、情報環境も整備されるものと思われる。加えて、言語聴覚士や療法士系職種に代表されるような、保健、医療、福祉、教育の多くの領域に関与する職種が、縦断的に連携の一翼を担うことは効果的であると思われる。
F.研究発表
なし
G.知的所有権の取得状況
なし