厚生科学研究費補助金(健康科学総合研究事業)
分担研究報告書
住民から見た連携の必要性に関する研究
分担研究者 福永 一郎
香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 助教授
研究班構成
分担研究者
福永一郎 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 助教授
前 香川県坂出保健所 副主幹(〜平成10年12月)
研究協力者
巽 純子 京都大学医学研究科遺伝学講座放射線遺伝学 助手
百溪英一 農林水産省家畜衛生試験場 分子病理 室長
橋本美香 高松家庭裁判所医務室 技官
玉井真理子 信州大学医療技術短期大学部 助教授
佐々木和子 京都ダウン症児を育てる親の会 会長
児玉正文 茨城県ダウン症協会
實成文彦 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 教授
直島淳太 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 大学院生
香川県坂出保健所医師(嘱託。平成11年1月〜)
木村浩之 香川医科大学人間環境医学講座 衛生・公衆衛生学 大学院生
研究要旨:保健と医療と福祉の連携は、単に担当者間の便宜を図るものではなく、住民の当事者性を確保し、住民の主体的活動の参加を前提とされたものであることが望ましい。今回、連携に対する住民ニーズを明らかにするために、障害児保健福祉領域を対象とし、実態・意識調査並びに事例調査を行った。その結果、障害当事者(児及び親)は、子育て時代において必要な保健サービス、福祉サービス、教育サービスが十分に受けられていないことが示され、情報保障(情報機能)を中心として、ことに福祉行政での不備が指摘された。また、保健婦は比較的身近な存在ではあるが、十分に保健婦として持っている機能を発揮しているとは言えない結果であった。医療従事者や発達の専門家の活動に対しては比較的満足度が高かった。加えて連携の不十分さから起因する問題点が多く指摘された。なお、情報保障(情報機能)については、セルフヘルプグループが地域で果たしている役割が大きいものと推測された。地域での展開については、茨城、香川及びワーキングマザーの事例が報告された。研究全体を通じて、次のことが示唆された。
1.地域での組織育成を意図し、地域での住民組織と協働して推進する保健活動は、保健、医療、福祉の有機的な連携構築に関して有効な波及効果をあらわすと思われる。
2.福祉、教育行政に対する問題は、保健行政の持っているノウハウで解決可能なものがあり、保健行政との連携によってその不備を補完できる可能性がある。それは相互理解や協働による包括的な活動体制構築において、保健行政にもメリットをもたらすと思われる。
3.住民組織が地域での計画などの協議に参加することによって、住民組織と行政との連携を強化することが示唆される。また、住民(当事者)が役割を主体的に担い、連携の成果を自分のものとして享受することができるものと思われる。今回の障害当事者を対象とした研究からみれば、住民(当事者)が計画づくりなどの地域活動へ参加したいという潜在的な要望は十分にあり、住民参加を得た保健福祉計画を地域で推進してゆくことは十分可能なことであると思われる。
A.はじめに
保健と医療と福祉の連携は、単に担当者間の便宜を図るものではなく、住民の当事者性を確保し、住民の主体的活動の参加を前提とされたものであることが望ましい。すなわち、連携の動機は住民(当事者を含む)の要望あるいは需要(客観的に計測された潜在的需要を含む)によって行われるものであり、連携の成果は住民(当事者)にとって好ましい状況を作り出すものとなるはずである。また、十分に組織化された住民(当事者)活動によって、住民(当事者)自身が保健、医療、福祉を包括した企画立案の場に主体的に参加し、連携の一翼を担うことも可能である。
今回の研究にあたっては、母子保健、小児医療、児童福祉、障害児福祉、学校保健、障害児教育など多くの領域との接点から連携の必要性が高い障害当事者(障害児とその親)を対象に選び、障害児の子育てにおける問題点を中心に分析する中から、住民サイドからの連携及びその関連事項について検討した。
B.研究方法
研究方法の概略を示す。詳細については個別報告を参照されたい。
1.住民からみた連携の必要性に関する実証的検討
住民からみた連携の必要性について、連携の構築が潜在的に強く求められており、かつこれまであまり着目されてこなかった障害当事者に着目し調査を行った。
1)「障害児を持つ親の会」の会員に対する 調査
香川県、京都府、茨城県のダウン症児を持つ親の会会員を対象に郵送法で調査を行った(平成10年12月〜11年1月)。
内容としては、住民(利用当事者)の意見が反映された適切な連携が構築されていると、保健・医療・福祉のサービスが統合的、効率的でかつ利用者本位になっているという仮定のもとで、乳幼児期に利用できるサービスや、障害当事者としての情報環境、保健医療福祉制度の利用実態と意識、保健計画を協議する場に対する関心をきいた。また、子育てにあたって困ったことや地域での連携のあり方について自由意見を求めた。
2)セルフヘルプグループ関係者からみた保 健・医療・福祉の連携への要望について
インターネットを利用し、ホームページを作成管理しているセルフヘルプグループのホームページ管理者に対してe-mailを用いて調査を行った(平成10年12月)。
内容としては、会と関係機関とのつながり、会と行政機関との連携、保健福祉の連携に関する意見を聞いた。
3)住民からみた自治体の福祉活動に関する 実態調査(巽ほか)
ダウン症児を持つ親の会の連絡責任者などを中心に、福祉制度利用の状況と情報入手経路、公共機関の窓口の対応体制、広報の状況をたずねた。16都道府県の当事者から回答が得られた(平成10年10月〜11月)。
2.障害当事者のセルフヘルプグループが地域での保健・医療・福祉への連携に対して果たす役割と課題
障害当事者のセルフヘルプグループの代表者あるいは関係者である研究協力者により、以下の3事例について、グループのこれまでの活動からみた保健・医療・福祉の連携の必要性について報告した。
1)茨城県の事例(百溪ほか)
2)香川県の事例(橋本)
3)障害児を持つワーキングマザーの事例
(玉井)
C.研究結果
1)「障害児を持つ親の会」の会員に対する 調査
発送数は466件、回収数は197件で回収率は42.3%であった。当該ダウン症児の年齢別回収数をみると、3歳以上就学前では6割前後と回収率が高い結果となっている。以下、府県名は特定できないように、順不同でA,B,Cと表記する。
(1)「しょうがい児」の子育てで利用したサービスについて、健診の利用、家庭訪問の利用度は高いとはいえず、母子保健推進員や、母子愛育班員の訪問はほとんどうけていない。栄養相談などの健康相談的なものについては、地域較差があるが、概して利用が高いとはいえない。発達相談に類するものについては、施設の相談以外は利用は低い。親が集まる場については、公的な親子教室の利用が地域差はあるがやや割合が高く、親の会の活動も利用度が高い。施設等の療育・訓練・治療は利用度が高く、その他の訓練もそれなりの利用がある。保育所幼稚園は多くが利用している。その他の施設サービスの利用度は低い。
(2)しょうがい児の子育てで経験したことや感じた困りごとについては、B府県では「利用可能な福祉制度の説明」が62%と高く、C府県では「療育法・治療法・訓練法の紹介」が55%と高かった。
(3)子育ての情報を提供する機関の利用状況に関して、親の会の利用が多く、有力な情報源と考えられる。サービス機関では、医療機関や施設、発達相談が比較的利用され情報自体も比較的得られている。役場の福祉の窓口は、制度やサービスの情報では多く利用されているが情報自体は十分には得られず、制度やサービス以外の情報源としてはほとんど利用されていないか、利用しても情報が得られていない。保健婦は比較的利用が多いが、提供できている情報は十分ではない、児童相談所に関しては地域差があり、幼稚園や保育所、学校は情報源としては機能していない。
(4)手帳や医療費助成の利用状況では、療育手帳では取得度が高く、医療費の補助利用(育成医療などの障害医療、小児慢性)、生活費の補助利用は、C府県では他府県に比べて低い。
(5)しょうがい児の子育ての上で、今まで受けてきた公共サービス内容の満足度をみると、十分に満足としたのはごく少数で、多少不満はあるが満足、不満があるが我慢できる程度、早急に改善してほしいに3分割された。
(6)しょうがい児の子育ての上で、今まで受けてきた公共機関やサービスの対応についての満足度では、役場の福祉および教育委員会の窓口は対応の印象が良くない傾向にあり、保健婦はおおむね良好な状況であるが、接触がないとした回答も2割強ある。医療機関や施設の対応の印象が良好である。
(7)しょうがい児の子育て経験からみた保健、医療、福祉の問題点では、一部の専門職やサービス提供者の不勉強な印象、必要な情報を得るのにいくつもの窓口に別々に聞かなければならない問題、住民団体と公共機関がともに協力しあえる体制がほしい、などが問題点として感じている割合が高い。
(8)住民中心の地域保健、医療、福祉活動への参加については、会の代表を通じて意見を反映させたい、動きを見守りたい、呼びかけがあったら地域での活動に積極的に参加の順である。総体として関心は高い。
(9)自由意見
時期に応じた総合的な情報の保障の要求、基準行政への疑問、包括的な公共サービス提供体制、就学後に、就学前に受けていた保健福祉サービスが途絶えることへの疑問、府県保健婦と市町村保健婦の連携のなさ、相談や手続きへ行きにくい地域での環境要因、縦割り行政の弊害の解消、地域の専門職や関係者との協働を求めるなどがあり、地域システムとしての連携の必要性を示唆する結果である。なお、調査実施対象の親の会との企画調整段階で、寄せられる全ての意見を、本報告書に掲載することが条件とされたので寄せられた全ての意見を個別報告に付してある。
2)セルフヘルプグループ関係者からみた保 健・医療・福祉の連携への要望について
インターネット上にホームページを開設している障害児・慢性疾患児親の会等のセルフヘルプグループ(全国の連合組織を除く)を、Yahoo Japan, goo, infoseekの3つの検索エンジン、及び、日本ダウン症ネットワークホームページからの孫引き等により検索したところ、59件のセルフヘルプグループのホームページが検索できた。e-mailを発送した59件のうち24件の回答があり、回収率は40.7%であった。なお、本調査結果の解釈上、代表性がないことに留意が必要である。
(1)会と地域の保健・医療・福祉機関と の連携
会と関係機関とのつながりでは、いずれの機関も連携があると答えたのは2−4割前後である。会と行政機関との連携の具体的状況では、メンバーが保健計画・福祉計画や障害者プランの作成に参加しているとしたのが6件、協議会などの委員が5件あり、会の活動としてこのような展開を見せている具体的な事例がある。保健婦さんとの個人的つながりは16件と2/3の回答者があるとしており、今回の回答集団では、比較的身近な存在である。会と保健婦さんの連携内容は、新しい親子の紹介が多く、ついで事業に共同参加となっている。
(2)地域での保健医療福祉の連携に関する 意見
保健医療福祉の連携に関する各事項の必要性については、「サービスの集約」、「相談事業の関連づけ・統合」については、必要と感じ早急に実施してほしいとする意見が大多数であったが、「機関間のスムーズな連携」では必要だが現状では難しいと思うとしたのが多かった。
保健医療福祉の連携体制への住民参加では、「医師会など専門家団体が採り入れて反映させる」ではすでに実現されているとしたのが多く、身近な医療者への評価と依存が高い。「行政機関が意見を採り入れる」についても要望が高いが、「協議会に参加、地域づくり型保健活動」”各機関の援助のもとで、住民代表(育児サークルや親の会などを含む)があつまる会を持ち、そこで理想の地域の状態を思い描き、議論して「地域住民が求める保健、医療、福祉の状態」を目標に定め、それに従って住民団体を含む保健医療福祉の各関係機関が実行可能な活動を計画し実施”には懐疑的な意見も若干見られた。
連携時の情報の取り扱いでは、公共サービスの情報は、「ある程度満足できる情報を教えてくれる機関と、あまり教えてくれない機関が混在しているようだ」を選んだ回答者が多く、満足していると答えた回答者はいなかった。公共機関による自助組織の情報提供については、「あまり把握されていない」「接点のある団体を紹介」「登録制度があるようだ」が多かった。私的団体は紹介してもらえないとするのも4件あった。機関間での個人情報の提供については、個別の親の了解で可とする意見が多かったが、関係者会議や主治医関連では原則可も多く、一方で保育所の入所判定や就学指導では、すべきではないとするのがやや多くなっている。
(3)自由意見
自由意見には、連携に関しての言及がみられるほか、障害者プランや組織活動と行政との関係、情報保障についての意見が述べられている。なお、寄せられる全ての意見を、本報告書に掲載することを条件として回答を求めたので、寄せられた全ての意見を個別報告に付してある。
3)住民からみた自治体の福祉活動に関する 実態調査(巽ほか)
調査はアンケートで実施した。ダウン症児の親や親の会の代表者へFAXで送信し、その地域に住む他のダウン症児の親にも転送を依頼し、10都道府県に住む43人から返事を得た(1998年10月)。さらに1998年11月に開催された日本ダウン症フォーラム(横浜市)の会場にて来所者にアンケートの記載を依頼し、22名の回答を得て、計65名分の回答が回収された。うち、自治体名が記されていたものは、58名で、居住地は16都道府県21市町村にわたる。
なお、本調査も代表性はあるとは言えないが、回答者の所属自治体(21市町村)の状況はある程度反映していると思われる。結果の概略を以下に示す。
(1)療育手帳を交付される際、知的障害が重度の判定をされているものは全体の17%であり、軽度のダウン症では福祉の援助がなく、多くのダウン症の人たちは知的障害児の福祉施策の対象外となっている。
(2)何らかの手当をもらっている者は46%であった。全体の平均金額は年19万5千円程度であった。
(3)特別児童扶養手当や障害者基礎年金の運用は、各自治体で異なり、ダウン症として生まれても、2歳までは、障害が固定していない(知的能力を判定できない)との理由で療育手帳がもらえない所もあるが、生後6カ月ぐらいから申請が可能な自治体もあり、較差が見られた。また、特別児童扶養手当には親の所得制限があるが、ある自治体では所得制限を取り払い、条件にあえば所得が超えていても特別児童扶養手当が受けられるところもあった。
(4)特別児童扶養手当以外に各自治体で独自に手当を出している所は、16都道府県(21市町村)のうち4自治体(市町村)であった。
(5)ダウン症児・者で在宅福祉サービスを受けたことのある人は全くいなかった。
(6)福祉の窓口の対応に良い印象を持った人は、全体の18%と少なく、窓口への不満として代表的なものは、勉強不足で知らないことが多い、聞かないと教えてくれない、ごく簡単にしか説明してくれないといったものであった。
(7)自治体レベルでの積極的な広報はなく、どのような施策が受けられるのかがわかりにくく、さらに手続きが非常に煩雑であるとの意見があり、多くの親は親の会の勉強会や親同士の情報交換で情報を知ったと記載されていた。福祉の広報活動が良いと答えた人は、21自治体中5自治体の居住者であった。
2.障害当事者のセルフヘルプグループが地域での保健・医療・福祉への連携に対して果たす役割と課題
1)茨城県の事例(百溪ほか)
茨城県下におけるセルフヘルプグループの取り組みについて百溪らが以下のことを報告した。
(1)セルフヘルプグループと地域福祉行政との関わりについては、つくば市福祉団体連絡協議会の活動からは、以前は行政担当者と協議会とが対等な話し合いを行うことについて不慣れの部分も見られたが、活動を継続することによって相互理解が進み、行政側も地域の福祉推進のためには親の会との連携が大切であるとの認識を深め、現在ではかなり良好な関係ができている。
(2)行政施策の立案と親の会の活動に関しては、福祉施策や福祉計画の企画立案へのセルフヘルプグループの参画に関しては、また十分とは言えないが、活動の成果として「つくば市福祉推進計画」のように広く市民の意見や親の意見が取り入れられる機会が設けられた例も出てきている。また、つくば市市民交流センターの計画では、住民代表を入れた話し合う場が設けられ、百溪らはセンターが親の会などの活動拠点、関連団体やそれ以外のボランティア団体の交流拠点としての拠点施設としての機能を中心に、その場をより魅力的にし、一般市民との接点を強化するノーマライゼーション推進機能を持たせることを提言した。これらの 意見は「まちづくりセンター実現を目指して」のパンフレットに集約され、検討委員会委員他広く配布され、各方面から評価されたが実際の市民交流センターの計画には反映されなかった。
(3)茨城県ダウン症協会が設置した日本ダウン症ネットワーク(JDSN)ホームページの反響は著しく大きく、日本経済新聞他のマスコミにも紹介され、セルフヘルプグループによるインターネットメディアの実用的活用のモデルを提起するとともに、ダウン症に関する様々な情報を社会に発信することで社会啓発がなされてきた。セルフヘルプグループがインターネットメディアを持つことは、行政に対する情報公開の波とともに民主的な行政施策の反映に効果的であり、グループにとっても、わかりやすく内容豊かな活動をするための意識をもつことも寄与している。
2)香川県の事例(橋本)
日本ダウン症協会香川支部が保健、医療、福祉の接点として果たしてきた機能について、橋本は以下のように報告した。なお、平成7年、日本ダウン症協会が設立されたことをきっかけとして、それまで香川県内で活動していた3グループ(小鳩会香川支部、あひる、ぞうさんの会)がまとまり、日本ダウン症協会香川支部が設立され、橋本は支部会長を務めている。
(1)保健所との関わりについて
昭和62年に、ダウン症の乳幼児を持つ母親数人が、高松保健所の保健婦に自助グループとして活動をすることについて相談し、《あひる》がスタートした(平成7年からは日本ダウン症協会香川支部として活動)。このようないきさつから、当時毎月の定例会には保健婦が出席し、参加者と一緒にダウン症について勉強するとともに、保健所の行事や医療機関についての情報提供、一般的な育児上のアドバイスを行ってきた。
この場は保健婦にとっても、障害乳幼児をもつ家族の現状を知り、直接意見をきくことのできる貴重な場であった。この中で、障害を持つ子を育てる上で参考になる、医療・福祉・保健・教育などの情報を知りたいという要望が出され、研修も行っていた。平成4年度より高松保健所で、“心身に問題を抱えている子どもとその家族および関係者”を対象とした年間6回の《すくすく学級》という事業を開始するにあたり、対象者がどのような要望を持っているか、会からの意見を求められた。《すくすく学級》が実際にスタートすると、会員が参加者の中心をなしており、また、事業運営に当たり会からも数名が意見を述べる場に参加している。
会では啓蒙活動として、活動案内、リーフレット、会報、会誌などを香川県下の全保健所に送付しており、医療機関にも同様の資料を送付しているが、その効果か近年はダウン症児の家族から当会への問い合わせが年間10件以上あり、資料送付や、家庭訪問を行っており、母親の了解を得た上で、自治体保健婦と一緒に家庭訪問する事例や、自治体保健婦に訪問を依頼するケースが出てきている。保健婦などが個別の親への関わるにあたって、親の会が仲介することは意義深く、保健婦によっては障害や福祉制度について詳しく知らないことがしばしばあるが、親の会が関わることによって、保健婦にとっても関連した多くの知識を学ぶ機会が確保された。
(2)福祉制度の利用について
会に当事者や保健、医療、福祉関係者から連絡があった場合、ダウン症についての説明とともに、療育や心身障害児通園事業、医療費や福祉制度(療育手帳、特別児童扶養手当などの制度、保育など)の情報を早い時期から提供している。香川県内でも昭和60年頃より、ダウン症児に早期療育が行われるようになっているが、当初は小児科医にあまりその存在や効果を知られておらず、早期に紹介されることは少なかったため、親の会の活動は貴重な情報源であった。近年では、保健・医療の関係者に知られるようになってきており、小児科医から療育機関に紹介され、そこから会に紹介されるということも出てきている。
3)障害児を持つワーキングマザーの事例(玉井)
玉井の報告は、「働きながら障害児を育てる母親」に注目し、「働く母親」の中にあっても「障害児の母親」の中にあっても、いずれも圧倒的少数派である「障害児を育てながら働く母親」という当事者たちが、自らのアイデンティティーを積極的に肯定できるような環境が整備されなければならない。そのため当事者グループが果たす役割と課題について、以下の点を指摘した。
障害児の親のグループ一般については、
(1)孤立感からの解放を実感できる
(2)情報源として有用である
(3)グループの存在それ自体が社会的啓蒙 になる
という志向性があり、同時に「働く母親」である存在をふまえた上で、さらに次の2点を課題として指摘できる。
(1)アクセシィビリティの問題:障害児の親としてのアイデンティティが未確立の段階でもアクセスできる可能性を模索する必要がある。アイデンティの確立とカミングアウトの問題は切実で、それらを克服しないとグループに参加できない、あるいはグループが保有している情報を利用できないことは障壁になりうる。
(2)情報の当事者性の問題:当事者の眼で取捨選択しつつ収集した情報は、当事者にとってだけでなく専門家にとっても有用である。「障害児を育てながら働く母親」という現段階では特殊な状況にとって何が有用な情報であるのかの見極めには、当事者の眼が必要である。
加えて「障害児と働く母親」の支援を主たる目的としたグループについての現状を報告している。
D.考察
保健と医療と福祉の連携は、単に担当者間の便宜を図るものではなく、住民の当事者性を確保し、住民の主体的活動の参加を前提とされたものであることが望ましい。すなわち、連携の動機は住民(当事者を含む)の要望あるいは需要(客観的に計測された潜在的需要を含む)によって行われるものであり、連携の成果は住民(当事者)にとって好ましい状況を作り出すものとなるはずである。また、十分に組織化された住民(当事者)活動によって、住民(当事者)自身が保健、医療、福祉を包括した企画立案の場に主体的に参加し、連携の一翼を担うことも可能である。住民の組織化には種々の形態があり、實成、福永はこれを自治的組織、目的別組織、自助的組織の3つに分類した(1992。なお、この目的別組織には地縁に基づくものと、そうでないがコミュニティで活動しているものがある)。この中で自助的組織であるセルフヘルプグループは、明瞭な目的と相互扶助によって成り立つ組織であり、連携の一翼を担うにあたっての潜在力は高いものと推測される。
保健、医療、福祉の連携については、高齢者については多くが研究されているが、児童福祉領域、障害福祉領域ではあまり十分な検討がなされていない。ことに障害や慢性疾患については、マイノリティではあるが、障害や慢性疾患に関与する領域は多岐にわたり、連携の重要なテーマとなる。そのような状況を鑑み、今回は母子保健、小児医療、障害児医療福祉、児童福祉面、学校保健や障害児教育などの多くの領域との関連を持つ障害児をもつ当事者を対象として検討を行ったものである。
当事者に直接アンケートを行った「障害児を持つ親の会」の会員に対する調査の結果や、巽らの全国調査からは、本来、障害児の如何を問わず供給体制に差はないはずである母子保健サービスが十分に利用されていないこと、福祉サービスの供給や利用に地域較差があり、かつ国からの委任事務である手帳交付、手当ての支給の判定に至っても地域較差があること、保健、医療、福祉従事者が持つ質的な問題、連携のないことによる不利益の経験など、多くの問題が指摘された。この中で、とりわけ窓口的な機能、ことに情報保障については、親の会などの当事者間の情報交換が得られない環境下では、非常に限定された情報しか得られないのが現状であること、幸いに情報が得られても、保健、医療、福祉、教育の複数にわたる多領域に踏み込んだ情報を総合的に得る機会は十分に用意されていないことがわかる。連携によってこれらの情報環境は改善することが期待されるが、ことにこの中で親の会はその活動を通じて情報機能を果たしており、保健、医療、福祉の部門が、セルフヘルプグループという住民組織と連携を図ることにより、情報提供体制が飛躍的に充実する可能性がある。
主として情報提供体制の充実への、連携及び住民組織の主体的な関与について、その具体的なプロセスは、自らがセルフヘルプグループの運営者でもある橋本が述べている。橋本が報告したダウン症親の会「あひる(平成7年より日本ダウン症協会香川支部)」は、保健所の組織育成活動が関与してスタートし、グループと保健所が相互に活動を共有することによって、発展的に現在のような連携の接点としての機能を持つに至ったと言う例であり、住民組織育成によって住民の主体的活動を励起することで連携への展開がみられるということを実証したものといえる。
一方、保健行政以外の行政領域(福祉、教育)では、今回の研究全体を通じてみて、サービス供給が十分に当事者の意見を反映していないことがうかがわれる。これは主として、福祉部門や教育部門が行っている住民サービスは基準行政的なものであることが関与していると思われるが、現在福祉行政は、量の提供から質の提供へ、措置(行政主体)から利用(住民、当事者主体)へと概念が移り変わりつつある時勢において、看過できない問題点である。これについては、住民組織との連携を確保している保健行政スタッフが存在していること、こういった保健行政スタッフと他の行政領域とが有機的な連携をもつことは、住民に対してはお互いに欠けている部分についての相互補完が可能であるばかりか、地域において福祉や教育のサービスを向上させ、基準行政的なものから住民本位のものに転換できる波及効果も考えられることから、地域全体としてかなり有効な手段であろう。また、保健行政は、機能を発揮しているか否かは別として、その活動方法論(公衆衛生活動)の中に、組織育成や、協働の方法論を本来持っていることから、これらのノウハウを地域全体に展開することも可能と思われる。これは、今回明らかとなった障害当事者の現状に関して言えば、早急に行うべき喫緊の課題であろう。
連携と保健福祉計画は密接な関連を持つ。本来、保健福祉計画は住民主体で進めるべきものであるが、計画推進の過程には、少なくとも住民が描く理想の地域の状態や、そのための目的共有、目標設定、現状の客観的な把握、実行する活動とその役割分担、評価の仕方と言ったものが含まれなければならない。これらを推進するには地域での構成員が話し合える場を確保し、行政関係者や専門家集団の他に住民組織が加わることが有効である。そのプロセスを通じて連携が強化されるとともに、連携がとれているとこのような保健福祉計画の推進もスムーズに行われるようになる。
百溪らの述べている茨城県下での取り組みは、セルフヘルプグループの方から地道な取り組みと働きかけにより、主としては福祉行政への住民(当事者)の意見と主体的活動が一部ではあるが反映されつつあるという報告である。本来は、このような地域での企画(計画、施設設置など)にあたって、住民パワーを取り込むことによって、住民が自らの問題として意識し、その成果を自らのものとして喜ぶことができる。今回の福永らの研究では、その潜在的な需要は高いものがあり、住民組織への適切なアプローチによって、住民主体の保健福祉活動と、そのは急降下としての連携の充実を図ることが可能であると思われる。
多くのサービスは直接的に当事者に提供されるものよりはむしろ環境の整備である。たとえば、障害児を持ちながら子育てをしてゆくためには、親の努力だけでできることは非常に少なく、多くを社会環境の整備によらなければならない。このことは公衆衛生の基本的な要素であり、またWHOのヘルスプロモーションの概念として述べられているところでもある。それは関係機関の連携によって連続的に、包括的に準備されることが望ましい。玉井は働く障害児の親という視点で報告したが、とくに制度とかサービスとかまたは親の会の活動についても「利用」に至るまではアクセシビリティの問題があることを指摘している。アクセシビリティの確保は環境改善の大きな課題であるが、アクセシビリティの改善には、潜在的な需要を客観的に計測するための科学的方法論も必要となろう。
今回、福永らの研究は、当事者の自由意見を求めているが、これらの中には連携や地域保健・医療・福祉活動に対して示唆的な意見が多く含まれており、十分に参考とすべきであろう。ことに、これらの意見を反映させるためには、現在まで行ってきた事業なり活動なりを客観的に評価し、活動の特徴や課題を明らかにして、住民の視点を視野に入れながら、他領域との連携を模索する必要があるであろう。また、住民が協議の場に参画することによって、連携の目的が明確化されるものと思われる。
E.結論
1.障害当事者(児及び親)は、子育て時代において必要な保健サービス、福祉サービス、教育サービスが十分に受けられていないことが示され、情報保障(情報機能)を中心として、ことに福祉行政での不備が指摘された。保健婦は比較的身近な存在ではあるが、十分に保健婦として本来持っているべき機能を発揮しているとは言えない結果であった。医療従事者や発達の専門家の活動に対しては比較的満足度が高かった。加えて連携の不十分さから起因する問題点が多く指摘された。
2.情報保障(情報機能)については、セルフヘルプグループが地域で果たしている役割が大きいものと推測された。
3.地域での組織育成を意図し、地域での住民組織と協働して推進する保健活動は、保健、医療、福祉の有機的な連携構築に関して有効な波及効果をあらわすと思われる。
4.福祉、教育行政に対する問題は、保健行政の持っているノウハウで解決可能なものがあり、保健行政との連携によってその不備を補完できる可能性がある。それは相互理解や協働による包括的な活動体制構築において、保健行政にもメリットをもたらすと思われる。
5.住民組織が地域での計画などの協議に参加することによって、住民組織と行政との連携を強化することが示唆される。また、住民(当事者)が役割を主体的に担い、連携の成果を自分のものとして享受することができるものと思われる。今回の障害当事者を対象とした研究からみれば、住民(当事者)が計画づくりなどの地域活動へ参加したいという潜在的な要望は十分にあり、住民参加を得た保健福祉計画を地域で推進してゆくことは十分可能なことであると思われる。
F.研究発表
なし
G.知的所有権の取得状況
なし